IPO上場申請に
向けた労務監査
IPOまでの標準的なスケジュール
IPOにおける人事労務対応は、人事部門単体で行うものではなく、会計監査や内部統制のスケジュールに並行して進みます。主幹事証券会社や監査法人の関係者様と十分に連携を取りつつ、その要請を満たすように準備を進めることになります
項目 | 準備期間(N-2以前) | 直前々期(N-2) | 直前期(N-1) | 申請期 |
監査受入が可能となる人材確保など会社規模等に応じた必要な管理体制を構築すること | 上場会社と同様な管理体制の整備、運用の段階に入っていること | 上場会社と同様な管理体制を期首から運用すること | 上場会社として、運用を継続し、株主などの付託に応えること | |
会計監査 | ショートレビューによる課題抽出及び改善の為のアドバイスと管理体制構築 | 監査対象期間(申請期の2期前) | ||
財務諸表監査(金融商品取引法に準ずる監査) | 上場会社としての 開示制度対応 |
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内部統制報告制度対応(構築/文書化/運用・評価) | ||||
上場審査 | 申請書類準備・証券会社審査対応等 | 取引所審査対応 | ||
人事労務分野 | 労務デューデリジェンス 人事労務管理上の課題把握 改善対応 |
運用モニタリング、運用実績 |
※労務管理について
IPOに際しては、労務管理も重要な内部管理体制の整備項目と言えます。また、全ての会社は労働に関する法令を遵守する必要があり、勤怠管理、残業代の適正な支払、社会保険の加入状況、安全衛生管理などへの対応が求められます。労働基準監督署の調査の状況も、IPOに重要な影響があり得ます。特に、未払残業代は、会社の簿外債務となりますので、決算にも影響する項目です。
労務管理については、人事・総務部門を中心に法令遵守の状況を確認しておく必要があります。また、社会保険労務士なども活用し、就業規則、給与規程、雇用契約書や36協定などを踏まえて、未払残業代の有無についても確認していきましょう。その結果、過年度の未払残業代があれば、社会保険労務士、監査法人やアドバイザーと協議し、適切な対応をすることが必要です。
(上記「表」及び「労務管理について」の)出典:「日本公認会計士協会 株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」をもとに加筆
労務デューデリジェンス 3つのメリット
1 論点共有が行われることによるコミュニケーション(審査対応)の円滑化
上場準備企業 | 主幹事証券会社、監査法人等 | |
労務デューデリジェンスが未実施の場合 | 課題が把握できていないため不安があり余計なことは口外したくない(情報開示に抑制的になる) | 労務管理の実態が見えないため疑わしい管理状況に見えてしまう(第三者としての不安が先立つ) |
労務デューデリジェンス実施後 |
・課題が個別論点で共有されているため解決に向けた建設的な議論が可能になる。 ・解消済み論点の蒸し返しが起きにくい効率的な審査対応が可能になる。 ・優先度判断が可能になるので経営層がコストの決裁を行うことが容易になる。 |
2 論点の解像度を向上させる(抽象的な把握から個別具体的な論点へ)
大きなブロックとしての課題を、細分化することで対処可能なサイズになります。
抽象的な把握(例) | 個別具体的な論点(例) | |
(漠然と) 勤怠管理の不備 |
→ | 労働時間の進捗管理(モニタリング)が行われていないため事後的に違反者が発覚するリスクが高く不安がある。 |
(漠然と) 未払残業代のリスク |
→ | 労働基準法施行規則第21条の法定除外賃金に該当しない手当が計算除外されている。 |
(漠然と) 管理監督者の懸念 |
→ | 組織図と職位等級とが不整合でありレポートラインと権限設定で不自然であり、かつ報酬水準が一般職と近接している者がいる。 |
(漠然と) 過重労働や健康管理の不安 |
→ | 安全衛生委員会や産業医への報告が行われておらず所定の面接指導が実施されていないため、万が一の時に企業として説明責任を果たせない。 |
3 社会保険労務士からの助言が受けやすい状況になり会社の負荷が減る
論点によっては、主幹事証券会社、監査法人、顧問弁護士の助言を受けることができますが、実務的な相談などは難しいことが多く、実務経験のある社会保険労務士の活用が望ましいです。上場審査という厳しい戦いを勝ち抜くためのパートナーをお選びください。
IPOを想定しない通常の労務顧問契約 |
・給与計算、行政手続代行、就業規則作成等の業務単位での契約になることが一般的であり、契約範囲外の業務については原則として言及しない。 ・個別事案で適法か否かの判断に止まり、上場準備期に必要な実用的な助言が得られない場合がある。 |
IPOを想定した契約 |
・労務デューデリジェンスの結果を共有した上で法令遵守+αの観点で助言を行うことができる。 ・対労働者、対労働基準監督署のみではなく、対投資家、対証券会社といった第三者視点を意識した助言を行うことができる。 ・審査事例や他社運用事例に基づいた、実用的で現実的な助言を行うことができる。 |
弊法人によるIPO支援及び関与事例
多くの業種での支援事例(労務デューデリジェンス及びアドバイザリー支援)がございます。
ご検討中のお客様には、事例をベースにした初回無料相談を実施しております。上場審査の第一線で活躍している社会保険労務士が、守秘義務に反しない範囲で、積極的に相談や情報交換をさせていただきます。他社との比較や相見積りも大歓迎です。お気軽にご相談ください。
2022年3月現在
上場日等 | 市場 | 業種 | 主要な支援論点(一例) |
2021年上場 | マザーズ | サービス業 | 勤怠管理及び36協定の遵守 |
2021年上場 | TPM | 卸売業 | 労働法令対応の不備全般 |
2021年上場 | マザーズ | サービス業 | 残業単価相違による未払い精算 |
2021年上場 | マザーズ | サービス業 | 裁量労働制の不適切適用と未払い精算 |
2021年上場 | マザーズ | サービス業 | 労働法令対応の不備全般 |
2020年上場 | 二部 | 製造業 | 勤怠管理及び36協定の遵守 |
JQスタンダード | サービス業 | 社内規程の整備及び運用 | |
2019年上場 | 一部 | サービス業 | 労働時間の制度選択及び運用 |
2018年上場 | JQスタンダード | 建設業 | 職位等級の整備及び管理監督者 |
JQスタンダード | サービス業 | 職位等級の変更及び年俸制の運用 | |
マザーズ | サービス業 | 労働時間の制度選択及び運用 | |
一部 | 製造業 | 勤怠打刻の真実性の検証 | |
支援中またはスポット関与 | 製造業 | 多拠点における労働時間管理 | |
小売業 | 割増賃金の計算過誤による未払賃金精算 | ||
サービス業 | 職位等級の整備及び管理監督者 | ||
サービス業 | 複雑な給与手当の整理及び割増賃金の明確処理 | ||
サービス業 | 職種間の所定労働時間及び所定休日の制度統一 | ||
小売業 | 安全衛生分野の整備 | ||
サービス業 | 年俸制運用における法令遵守 | ||
サービス業 | 専門業務型裁量労働制の拡大適用の是正 | ||
サービス業 | ホールディングス体制におけるグループ間出向管理 | ||
サービス業 | 割増賃金の計算過誤による未払賃金精算 | ||
サービス業 | 割増賃金の計算過誤による未払賃金精算 | ||
小売業 | 勤怠記録及び割増賃金管理が皆無な状況 | ||
サービス業 | 特定手当の割増賃金への算入判断 | ||
建設業 | 管理監督者及び時間外労働の潜在的リスクの把握 | ||
製造業 | 始業前準備時間の労働時間該当性 | ||
小売業 | 多拠点における労働時間管理及び過重労働傾向 | ||
サービス業 | 複雑な給与手当の整理及び割増賃金の明確処理 | ||
サービス業 | M&Aに際しての未払賃金精算及び再発防止策 | ||
サービス業 | 固定残業代の導入に関する不利益改定同意 | ||
飲食業 | 多拠点における労働時間管理及び過重労働傾向 | ||
サービス業 | 特定部門(営業、開発)の過重労働傾向 |
※「上場」には新規上場及び市場変更を含みます。
労務デューデリジェンスの調査論点
日本取引所グループ(JPX)の審査基準及びガイドラインでは、具体的な個別論点が示されていませんので、どこから手をつけてよいのか分からないという不安をお聞きします。
労働法令と上場準備実務を知り尽くした社会保険労務士が、下記の詳細論点に基づき、法令遵守に関する調査を行います。不適法な論点については、いち早く改善に着手していただくべく、事例ベースで実用的な助言をさせていただいております。
No | 中分類 | 個別論点の例 |
1 | 役員と労働者 | 使用人兼務役員、執行役員の位置づけ |
2 | 有期雇用 | 雇用区分、法令対応、同一労働同一労働、インターンシップ |
3 | 定年後再雇用 | 規程整備 |
4 | 外国籍労働者 | 「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」 |
5 | 出向・転籍 | 通知書及び同意書の管理 |
6 | 労働者派遣法 | 出向先又は出向元に該当する場合の法令対応 |
7 | 業務委託・請負 | 労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(いわゆる「37号告示」) |
8 | 採用管理・内定管理 | 職業安定法における労働者の募集の際に明示すべき事項 |
9 | 労働条件通知書 | 記載事項及び運用状況、電子交付 |
10 | 法定三帳簿 | 記載事項及び管理状況、電子保存 |
11 | 労使関係 | 紛争事項、臨検、不利益改定、退職勧奨、ハラスメント、内部通報 |
12 | 事業場管理 | 労働保険番号、雇用保険適用事業所番号、労使協定締結、届出管理 |
13 | 36協定 | 協定事項、締結及び届出、労働者代表の選出、特別条項管理 |
14 | 勤怠管理 | 勤怠システムの設定、時間単位、残業許可制、ログ確認、テレワーク管理 |
15 | 変形労働時間制 | 制度選択及び労使協定の締結 |
16 | 裁量労働制 | 適用範囲、法定要件、労使協定の締結、健康管理措置、実態との乖離 |
17 | 管理監督者 | 組織図及び職位等級との整合性、レポートラインと権限、処遇水準、人数比率 |
18 | 割増賃金 | 割増単価、法定除外賃金、割増率 |
19 | 固定残業代 | 賃金規程、労働条件通知書の記載事項、差額精算、検証可能性 |
20 | 休憩、休日、休暇 | 振替休日、年次有給休暇管理簿(残数及び取得率管理、5日義務化対応) |
21 | 賃金制度、賞与、退職金 | 年俸制、歩合制、賃金改定、賞与算定期間、臨時的な一時金、退職金制度 |
22 | 人事制度 | 職位等級制度、評価制度、賃金改定 |
23 | 母性保護、男女均等 | 産休育休管理、ハラスメント |
24 | 障害者雇用 | 法定雇用率、6.1報告、障害者雇用納付金 |
25 | 助成金 | 書類保管、不正受給リスク(申請内容と運用の不一致) |
26 | 安全衛生管理者、産業医 | 選任報告 |
27 | 安全衛生委員会 | 委員会構成、開催実績、議事録管理 |
28 | 健康診断、安全衛生教育 | 雇入時健康診断、定期健康診断、ストレスチェック、面接指導、安全衛生教育 |
29 | メンタルヘルス、労災 | 安全配慮義務への対応 |
30 | 社会保険 | 加入要件、資格取得日、随時改定、報酬、賞与の取扱い |
31 | 労働保険 | 業種、労働保険料率、加入要件、資格取得日、特別加入、出向者の取扱い |
(ご参考)上場審査基準について
日本取引所グループ(JPX)が公開している資料から、労働法令分野に関連する部分を抜粋します。
これらの基準やガイドラインを背景として、客観的な視点で労務デューデリジェンスが行われます。
「上場審査等に関するガイドライン(東証本則)」より
企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
(1)役員の適正な職務の執行を確保するための体制が、適切に整備、運用されている状況にあると認められること。
(2)内部管理体制が、適切に整備、運用されている状況にあると認められること。
(3)経営活動の安定かつ継続的な遂行及び適切な内部管理体制の維持のために必要な人員が確保されている状況にあると認められること。
(4)実態に即した会計処理基準を採用し、かつ、必要な会計組織が、適切に整備、運用されている状況にあると認められること。
(5)法令遵守するための有効な体制が、適切に整備、運用され、また、最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていない状況にあると認められること。
「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領」より
従業員の状況について
(1)企業グループの人事政策
申請会社及びその企業グループを含めた人事政策について、採用方針並びに具体的な採用方法、人材教育及び人員配置等の観点から記載してください。
(2)最近3 年間における企業集団の従業員の異動の状況
最近3 年間における企業集団の事業セグメントごとの従業員の異動の状況について、次の表の要領で記載してください。
(3)出向者の状況
直前事業年度末日における企業集団の従業員のうちに受入出向者がいる場合には、出向元の名称、出向元ごとの人数(役職別の内訳を付してください。)及び出向の目的・理由について記載してください。
(4)今後2 年間における人員計画
今後2 年間における人員計画について、企業集団の事業セグメントごとに記載してください。
(5)勤怠の管理方法、時間外労働の状況、みなし労働時間制等
企業集団における次のa~h について記載してください。
a 勤怠の管理方法及び未申告の時間外労働(いわゆるサービス残業)の発生防止
勤怠の管理方法(労働時間の記録、管理職による承認、人事担当部署による管理の方法を含みます。)及び未申告の時間外労働の発生を防止するための取組みについて記載してください。
b 時間外及び休日労働に係る労使協定の内容
時間外及び休日労働に係る労使協定を締結している場合には、その内容(36 協定に特別条項が設定されている場合には、その内容を含みます。)について記載してください。
c みなし労働時間制
みなし労働時間制を採用している場合には、適用範囲、適用範囲ごとの適用者数、当該範囲の決定理由、みなし労働時間の決定理由、適用者の労働時間管理方法及びみなし労働時間制に係る労使協定の締結状況を記載してください。
d 平均時間外労働時間の推移
最近1 年間及び申請事業年度における事業セグメント・職種ごとの各月の平均時間外労働時間の推移を記載してください(管理監督者(管理職)を含みます。また、季節変動性がある場合には、その理由も記載してください。)
e 36 協定違反の状況
最近 1 年間及び申請事業年度において 36 協定(特別条項を締結している場合には当該条項の内容)に違反している従業員が存在する場合、違反事由別に事業年度及びセグメント・職種ごとの延べの違反人数、発生原因を記載してください。
f 長時間労働の防止
長時間労働の防止のための取組みについて記載してください。e で違反事象を記載した場合は、その原因分析を踏まえた再発防止策にも言及してください。
g 賃金未払いの発生状況
最近1 年間及び申請事業年度における従業員に対する賃金未払いの発生状況(発生時期、期間、件数、金額)及びその後の顛末について記載してください。
h 管理監督者
部署ごとに、企業集団各社で定義(認識)している管理監督者(管理職)の数と、労働基準法で定めるところの管理監督者の数を一覧にして記載してください。なお、差異が発生している場合にはその理由も記載してください。
(6)最近2 年間及び申請事業年度における労働災害の発生状況及び安全衛生に係る取組み
企業集団における最近2 年間及び申請事業年度における労働災害の発生状況(発生日、内容等)及びその後の顛末について記載してください。また、安全衛生に係る取組み(労働災害の発生防止に係る取組み、各種委員会の開催、産業医の設置等)について記載してください。
(7)最近3 年間及び申請事業年度における労働基準監督署からの調査の状況
最近 3 年間及び申請事業年度における企業集団の労働基準監督署からの調査の状況(調査日、調査内容、指導及び是正勧告の有無並びにその内容等)について記載してください。(企業集団のうち記載が困難な会社がある場合には、その理由を示し、記載を省略することができます。)
(8)懲戒処分の状況
企業集団における最近 3 年間及び申請事業年度における懲戒処分の処分内容別の件数について記載してください。
「新規上場ガイドブック 上場審査に関するQ&A」より
Q:申請直前期に労働基準監督署から是正勧告を受けた事実があります。このような場合、審査上どのように判断されるのでしょうか。
A:上場審査では、法令等の順守のための有効な体制整備が行われているか、また実際に重大な法令違反が行われていないかといった観点から確認を行っています。労働基準監督署から是正勧告を受けたようなケースでは、当該時点において、労務管理に係る法令等の順守のための社内体制に何らかの不備な点があったと考えられますが、是正勧告の内容やその後の再発防止に向けた対応が全社的にどう講じられ、上場審査時点での体制整備が図られているかといった状況も踏まえ、判断を行うこととなります。よって、過去に一度是正勧告を受けたという事実が、直ちに上場審査上の判断に結びつくものではありません。